チャバネゴキブリ
分類上の位置 ゴキブリ目、ヒメゴキブリ科
学 名 Blattella germanica ()
和 名
チャバネゴキブリ
英 名 German cockroach
形態
他種に比べて小型。成虫の体長は10〜15mmの間にあるが、通常、♂は体長約12mm、翅長約10mm、♀は体長、翅長とも約11mm。色は黄褐色から褐色。前胸背板に明瞭な2本の黒い縦じまがある。幼虫では、この縦じまは幅広く、中胸・後胸背板まで続くほか、腹部後端も黒色なので、体前半部の正中線部分が黄色で、他は黒色といってもよい。
成虫の♂♀の区別 ♂は体全体ほっそりしているが、♀はやや幅広く濃色の感じ。尾端に卵鞘をつけていれば♀にまちがいない。♂の腹部第7・8節の背面には誘惑腺がある。はっきりした凹みとして見ることができる。♀にはこれはない。尾毛は♂では11節、♀では12節。
卵鞘の特徴 卵鞘は細長く、長さは幅の2倍以上ある。平均して8×3mm。黄褐色。中の胚子の配列を示す節が明瞭で、16〜20節が認められる。
近似種との区別 チャバネゴキブリに近似する種に、モリチャバネゴキブリBlattella
nipponicaと、ヒメチャバネゴキブリBlattella lituricollis
lituricollisがいる。いずれも屋外生息種で、室内に入ってくることはあまりないが、ときにとれることがある。区別点は次の通りである。 1−a前胸背の黒紋は幅狭く、後端で特に接近しない。(図2−a,c)……………………………………………………………………………………………………………………2 −b前胸背の黒紋はやや幅広く、その後端部で左右より接近する傾向がある。(図2−b)………………………………………………………………モリチャバネゴキブリ 2−a野外性。鹿児島県以南に分布する。誘惑腺の形態は図4−cの通り。………………………………………………………………………………………ヒメチャバネゴキブリ 一b屋内性。日本全土に分布する。誘惑腺の形態は図4−aの通り。 ………………………………………………………………………………チャバネゴキブリ
分布 本種は、沖縄から北海道まで全国的に分布する。世界的にも広く分布するといってよい。といっても、日本では無加温の状態では越冬できない。つまり、暖房の存在する所、あるいは熱源がある所で越冬できる。一般的には、暖房を備えたビル建築物で越冬できるため、生息場所もこういった建築物に限局される。 オフィスビル、ホテル、飲食店、病院等に多い。新幹線に多いのも本種である。逆に、木造日本家屋の一般家庭には少ない。
生態 昆虫の発育の仕方や期間は諸環境要因に大きく影響をうけるが、低温に弱いチャバネゴキブリは特に温度の影響が大きい。25℃の定温下の生活史は次の通りであった。 雌成虫の産む卵は、卵鞘の中におさめられて産み出される。卵鞘は図3の通りの形態で、通常1卵鞘からは30〜40匹の幼虫がふ化してくる。老化した成虫の産んだ卵鞘のふ化幼虫数は少なくなってくる。 雌成虫は、卵鞘を産みだしても体から離さず、尾端につけた状態にしている。これを体から無理にはずすと、ふ化が悪くなる。たぶん乾燥のためだと考えられるが、母成虫が持ち歩くのは、卵の保護のためである。卵期間は21〜28日間で、ふ化の直前に体から離す。 ふ化した1令幼虫は集合性が強く、物かげに群れを作ってひそみ、夜になるとはいまわって餌をとる。幼虫は6令を経過する。幼虫期間は、雄で52.0〜71.0日、雌で51.6〜72.1日であった。平均して約60日と考えればよいだろう。 羽化した成虫は、まもなく交尾をして、10日も経つと第1回の産卵が始まる。その卵鞘は、尾端につけたまま活動することは前述の通りである。25日間ほどで、卵鞘をはずしてふ化するが、その後約1週間で次の卵鞘が産みだされてくる。ほぼ1ヵ月に1回の間隔で産卵すると考えてよい。緒方(1976)の観察では、最多は一生の間に7回の産卵を行ったが、60%の雌成虫が5回の産卵であった。そして6回目以降の卵鞘は、ふ化率が悪くなり、また、1卵鞘当たりのふ化幼虫数も少なくなった。 以上は25℃定温下の経過で、約2年間に6世代を経過した。しかし、春夏秋冬の季節変化があり、また、暖房、冷房という人工操作の加わる実際の建築物内ではどうであろうか。
川崎のある標準的なオフィスビルの中での観察によれば、約1.5年の間に4世代を経過した。夏季は最も繁殖が激しく、幼虫期間は雄約51日、雌約54日。卵期間も16〜21日間と短かかった。つまり頻繁に産卵を繰り返した。しかし、10月に入ると産卵は少くなり、12月にはストップした。また、雄成虫は1O月に入ると急激に死亡し始めた。しかし、雌成虫は、産卵こそ抑制されたが越冬し、翌年5月頃から産卵が正常に再開された。特に、晩夏にふ化し、秋に羽化した成虫は元気に越冬し、翌年の繁殖の強力な母体となった。同じビルでも、暖房のない冬は、全く越冬できず、雄では1O月頃から、雌では11月頃から死に始め、年内に死に絶えてしまった。
以上の観察は、それぞれの建築物内のテーブル上に固定された飼育条件で行なわれたものだから、実際は、選択的に高温の場所に集って生活することが想像されるので、より条件はよくなることが予想される。類推していえば、日本のビル環境では、4〜9月の半年間が本種の活動期間で、この間に繁殖し、冬期は活動は抑制されていて、年内に2〜3世代を経過しているように考えられる。
習性 チャバネゴキブリも、原則として夜間に行動し、昼間明るい間は物陰に潜伏している。潜伏場所では、群れを作る習性がある。若令幼虫ほどこの傾向は強い。 (1)集合性 幼虫を1匹で飼育した場合と、2匹あるいは5、10匹と複数で飼育した場合、その発育期間を比較すると、1匹では約63日、複数区では55〜58日と、1匹区では明らかに発育の遅延が見られる。つまり、群れて生活する方が好ましいのだ。 この群れを形成するために、ゴキブリは、仲間を誘引する物質を糞の中に排泄する。つまり、集合フェロモンと呼ばれる物質である。このフェロモンによって、仲間同士が呼び合って群れが形成される。 この仲間の存在によって発育が促進されるわけだが、このメカニズムはまだ不明である。しかし、お互いの存在を認知する方法は明らかで、これは、聴覚や嗅覚ではなく、触角による触覚である。自分の触角の届く範囲に仲間がいて、これに触れることができれば、発育が促進されるのである。 (2)狭所嗜好性 ゴキブリは、潜伏する時に狭い隙間に好んで潜る。チャバネゴキブリ成虫に1.6mmから12.7mmの範囲の隙間を選ばせたら、85%は4.8mmの隙間に集まったという報告がある(Berthold
et al
1967)。Wille(1920)によれば、各令の虫が入り込める最小の隙間は、1〜2令幼虫で0.5mm、4令幼虫1.0mm、6令幼虫1.6mm、雄成虫で1.5〜1.6mm、空腹の雌成虫で1.6mm、卵鞘を作る1日前の妊娠雌で4.5mmであるという。 (3)温度選好性
チャバネゴキブリは高温を好むといったが高いほどよいというものでもない。ある好適温度というものがあるはずである。建物の中の分布を観察しても、ガス台、湯沸器、冷蔵庫の裏、テレビの中に集まっていることが多い。Gunn(1935)によると、15℃から35℃の間の連続した温度勾配を作って、どの場所に集まるかを調べた。その結果は、21℃から33℃の間に分布したが、大部分は26℃から32℃の間に集まり、最も多く集まったのは29℃の所であった。
殺虫剤感受性 ハエ・蚊等の他の衛生害虫に比べると、チャバネゴキブリの殺虫剤抵抗性はそれほど大きくはない。 表2は、日本衛生動物学会殺虫剤研究班のゴキブリ研究グループが全国的な調査を行い、チャバネゴキブリの5種殺虫剤に対する感受性を調査した結果である(三原、1981)。 フェニトロチオンに対する感受性系統のLD-50値は、伝研系♀0.25μg(鈴木、1962)、予研系♂0.12、♀0.24μg(安富、1966)と考えられるので、日比谷の2.93を除けば、防除に困難なほど感受性が低くなっているとは考えなくてよいだろう。しかし、数倍は感受性が低くなっていることだし、施工現場では一部に効きにくくなったという声も聞かれるので注意しなくてはならない。ジクロルボスも傾向は似ている。ペルメトリンは、この時点では使用歴が浅く、抵抗性の兆しはないが、注意をした方がよい。ダイアジノン、フェンチオンは、上記の3種に比べるとやや感受性が低いことが分る。
(緒方一喜)
(原色ペストコントロール図説より)
クロゴキブリ
分類上の位置 ゴキブリ目、ゴキブリ科
学 名 Periplaneta fuliginosa
(SERVlLLE)
和 名 クロゴキブリ
英 名
Smoky-brown cockroach
形態
成虫では♂は体長25mm内外、翅長23〜25mm。♀の体長は25〜30mm、翅長25mm。体全体光沢ある褐黒色。斑紋らしいものは全くない。ヤマトゴキブリによく似ているが、前胸背板が幅広く、表面がフラットで凹凸がないこと、♀成虫でも完全に長い翅をもつことで区別できる。また、前胸背板に全く斑紋がないことで、ワモンゴキブリやトビイロゴキブリと区別する。
幼虫は、若令ではきわめて特徴的である。特に1令幼虫ではきわめて顕著で、真黒な体色に、2本の白い横じまがみられる。前の方の白いしまは、中胸背板を横切り、太く完全である。後の方のは、腹節第2節あたりにあって、中央付近は消えていて、両サイドにスポットのように見える場合もある。幼虫の中令以降はこの白いしまが消えて、斑紋はなくなる。やはり、ヤマトゴキブリとの区別が難しくなるが、クロゴキブリは、体全体が赤褐色で赤味が強い。これに対し、ヤマトゴキブリは、黄褐〜黒褐味が強い。
卵鞘の大きさは、平均して長さ12.2mm、幅約5.5mm、厚さ約3.1mmで、比較的細長い。節はそれほど明瞭でない。
図に見られるように、龍骨部(がまぐちのふたに当たる部分)の下に、12〜13個の突起部がある。
分布 現在、わが国では、九州から北海道まで広く分布して、建築物内の主要な害虫となっている。沖縄では害虫として問題になっていない。北海道でも散見される種類で、主として本州、四国、九州に多い。 生息している建物は、木造の日本家屋、コンクリート造アパートなどの住居に多い。チャバネゴキブリが都市のビル、飲食店、ホテル、病院などに多く、ヤマトゴキブリが農家や、屋外に多いのに対して、その中間的な分布パターンをもっている。 世界的には、北米と日本だけに分布するもので、北米でも重要な害虫となっている。
周年経過 クロゴキブリは、卵から成虫にいたるまで足掛け2年の経過をたどる。
東京地方の観察(緒方、未発表)によれば、5月頃産みつけられた卵は、7月頃ふ化し、発育した幼虫は、幼虫の状態で越冬し、翌年7月頃羽化して成虫となる。
三重地方での観察によると(高木、1980)、卵は、7〜10月の期間に多く産みだされる。早い時期に産まれた卵からかえった幼虫は中令幼虫で多く越冬し、9月以降に産卵されたものは卵で越冬する。だから、越冬卵からの1令幼虫が6〜7月に多く、中令幼虫で越冬した成虫の産卵による1令幼虫が9・10月にふえる。1年間を通して、常に各期の個体が見られるが、活動シーズンは5〜10月であり、11月から4月までの越冬期は主として中・老熟幼虫で、これに卵を加えたものである。
生態* クロゴキブリも卵鞘で卵を産むが、すぐ基物に唾液ではりつけて、尾瑞にはつけてない。人目につかない物陰の木材のくぼみなどにはりつける。羽化後平均約17日で産卵が始まる。 一卵鞘中の卵数は、26個が最も多く、ついで22個で、約70%を占める。クロゴキブリは、産卵後にすぐ卵鞘をはなすので産卵頻度は高く、7〜8月には平均して3〜5日おきに、25℃で5〜6日間隔で産卵をする。25℃下では一生の間に平均20回の産卵をした。ビルの室温下では約33回であった。 卵期間は、温度や、季節によって全く異なってくる。25℃室温下で約52日、30〜32℃で32〜36日であった。季節的には、5月産卵のものが約61日、7月産卵のものが約38日であった。しかし、卵越冬のものは当然長く、9〜10月に産卵されたものは、大体6月にふ化するので、230日から300日を要することになる。 幼虫期間もまた、環境要因に大きく影響をうける。緒方の観察では、25℃定温下では、平均約243日であった。ビル内の常温下で平均約289日、木造家屋内で平均360日であった。藤田によると、25℃恒温下で表2のように、10令を経過し、平均は322.4日であった。京都では10〜11月に発育を停止して越冬に入り、5月に再び発育が始まった 成虫の寿命は、25℃下で♂で平均約207日、♀で平均約197日。ビル環境下で、♂平均約238日、♀平均約294日であった。これを卵からの一生の期間にすると、それぞれ451、440、353、436日であり、1年半近くとなる。 *主として、緒方(未発表)、藤田(1959)、高木(1978)によった。
習性 クロゴキブリの潜伏行動を、容器中に並べた紙製の角型筒のシェルターを用いて、実験的に調べた結果は次の通りであった(辻ら、1973)。 単独成虫の隙間高さへの好みは、1>2>4>O.5cmの順だった。同時に2頭の成虫を入れると、通常別々のシェルターに別れて入った。老令幼虫の好みは、0.5>1>2cmの順で、また同時に入れた2頭は別々のシェルター内に入った。1令幼虫は、0.5cmと1cmのシェルター間に選択を示さなかったが、どちらか一方に共存して入った。 クロゴキブリの若令幼虫は群居性があって、排泄物で条件づけられたかくれ場所に誘引されることが知られている(石井、1970)。潜伏と集合形成は、本来異なる行動である。本種では、若令のときは集合性が強いが、老令となり、成虫となると、逆に排他性が現われるようである。
歩行行動 クロゴキブリは、昼間物かげに潜伏していて、夜間に出没して行動する。ゴキブリ防除の手段として、殺虫剤の残留噴霧や、捕獲器の設置が常用されている。これらの方法の効果を高めるためには、ゴキブリの通路の把握こそ必須である。ゴキブリの歩く場所に、殺虫剤を散布し捕獲器をおいてこそ効果をあげることができる。
クロゴキブリはどこを歩くのか。クロゴキブリの多数すみついている建物で、床や壁にすす紙を張って、それについたゴキブリの足跡から行動を追跡した結果は次の通りであった(高木、1979)。 最も多かったのは、床面であった。それも全面ではなく、壁際5cm内の所だった。また、壁面にも足跡があったが、これは、窓枠や幅木に沿った場所であった。また、棚板にも多かったが、これは床面から支柱に沿って棚にのぼり、最上段で水平走をしたらしい。
ゴキブリは、夜間に行動するからといって、目が見えて、広い所を歩くのではなく、むしろ曝露をきらって、二つの面で作られた内角の角近くを、触角を使って両面を知覚しながら、角に沿って歩行するもののようである。
殺虫剤感受性 クロゴキブリの殺虫剤感受性についてのデーターは数少ない。公表されたものは、表3に示す通りである。供試されたフェニトロチオン、ダイアジノン、クロロピリホスメチルの3種薬剤に対しては、感受性傾向は、ほぼ同じである。また1個体当たりの致死薬量は、チャバネゴキブリに比べれば、ダイアジノンではそれほど違わないが、フェニトロチオンでは、5倍から10倍ほど大きい。
(緒方一喜)
(原色ペストコントロール図説より)
ヤマトゴキブリ
分類上の位置 ゴキブリ目、ゴキブリ科
学 名 Periplaneta japonica KARNY
和 名 ヤマトゴキブリ
英 名 Japanese
cockroach
形態
♂成虫は、体長25mm前後。脇腹部末端をこえるくらいの長い翅がある。体全体が栗褐色で、体の光沢はにぶい。前胸背板はやや小さく、表面には不規則なデコボコがあって平滑でない。肛上板は、短かく矩形を呈し、その両側端は、後方にむかって鋭歯を形づくっている。クロゴキブリとの識別点は、体全体に比較的光沢がないこと。前胸背板がやや小型で、デコボコがあること。図(4−3)のように上生殖板の形状が異なる。 ♀成虫は、翅が短かいことで、他の家住性種とは容易に識別できる。すなわち、前翅は、かろうじて腹節の中央部付近までで半分くらいの長さしかない。体長は20mm内外。体全体栗褐色で、あまり光沢がない。 幼虫は,1令から終令にかけ体部に顕著な斑紋をもたない。若令時には、体色はややカーキ色を帯び、中令から高令にかけて黒褐色を帯びるようになる。 卵鞘は,やや細長く、大きさは、長さ8〜9mm、幅約4mm。節はそれほど明瞭でない。龍骨部の下方に、約8個の突起部が並んでいる。
分布 日本だけに分布する土着種である。東北から近畿にかけての中日本に分布する。北海道にも散見される。また、採集記録の南限は岡山であるが、中国、四国、九州には分布していないと考えてよい。 家住性があって、衛生害虫として問題の種となっているが、どちらかといえば野生的な傾向が強い。街路樹の樹皮下や樹洞の中、下水溝の中、ごみ箱の下などに定着していることが多いし、また、冬季、戸外の積雪下でも越冬している。本種のすみつく建築物は、農家や、木造の日本家屋で、コンクリート造の住居やビルには少ない。
周年経過 ヤマトゴキブリは、日本の常温下では、足かけ2年あるいは3年に一世代を送る生活をしているようである。
川崎での屋外観察(小宮山ら、1981)によると次のような経過である。産卵は6月をピークに5〜7月の間に盛んに行われる。卵期間は5月で約34日、7月で約24日。かえった幼虫は発育を続け、3〜9令で越冬した。このうち、8〜9令で越冬して、1回の脱皮で成虫になった個体は、ほぼ5月上旬に成虫となった。しかし、8令で越冬し、2回の脱皮で成虫となった個体は、6月上旬に羽化のピークがみられた。一方、7令以下で越冬した個体は、翌年には成虫となれず、さらに9令または過令で2回目の越冬をして、3年目の5月に羽化をした。 産卵された時期、温度、日長時間等の環境条件によって、二年生、三年生の個体群ができるようである。何れにしろ、成虫の多い時期は5〜7月、幼虫は1年中見られ、卵越冬はないようである。
生活史* ヤマトゴキブリは、羽化後約11日で産卵が始まる。なお、ヤマトゴキブリは、処女生殖も行うので、交尾しないでも産卵できる。そして、有性、無性生殖の間で、産卵前期間には差はない。産みだした卵鞘は、1日足らずで尾端からはずして基物にはりつける。1卵鞘中の卵数は、12〜16。平均して約15.5。産卵は、4〜6日間隔で行われる。1か月間の産卵数を調べたところ、4.8〜9.3卵鞘、平均して7.2であった。チャバネゴキブリが、平均1回に比べると、かなり頻繁に産卵をすることが分る。卵期間は、25℃で34.1日。夏季の室温で30.8日(岐阜)、33.8〜35.O日(川崎)であった。 幼虫は9令を経過する。幼虫期間は岐阜での観察によれば、20〜30℃の夏季の室温条件下での飼育で、♂105〜413日(平均196日)、♀105〜403日(平均175日)であった。約34%は3〜4か月間であり、1年以上を要したのは約3%にしかすぎなかった。しかし、川崎・横浜での常温下での観察によれば、年内に羽化した個体が例外的で、大部分は2年越しの幼虫期間で、25℃で平均234.7日、ビル環境下で約288.5日、木造家屋の中で約328.8日であった。 以上の結果を要約してみると、幼虫期間は、温度、日長時間等の環境条件等の影響をうけ、きわめて変動が大きい。初夏の頃ふ化した幼虫は、一部年内に成虫になるものもいるが、大部分は老令幼虫で越冬に入る。このため幼虫期間は長くなる。そして、夏おそくふ化したものは、翌年も成虫化せず、二冬越して成虫となる。 成虫の寿命は、25℃下で♂平均124.0日、♀平均178.7日、ビル環境下では♂88.2日、♀112.7日、木造家屋内で♂95.8日、♀165.8日で、♀の方が長命であった。 成虫の♂♀を共棲させたときと、♀のみ単独で処女生殖をさせた場合の、寿命、産卵鞘数、ふ化率、不受精卵からの次世代♀の妊性等の比較をしてみたところ、次の通りであった。 ♂♀共棲の場合も、♀単独の場合も、成虫の寿命には顕著な差はなかった。しかし、産卵鞘数は、共棲区で9〜41(平均25)で、単独区の7〜21(平均14)より多かった。また、正常卵産卵率は、76%と43%で、共棲区の方が高かった。やはり、処女生殖の場合は、異常卵鞘数が多くなるようである。 さらに、この不受精卵を発育させて成虫にし、その妊性を調べたところ、全く産卵しなかった。 *このデーターは、主として白木(1964、1966)、緒方(未発表)によった。
習性 チャバネゴキブリ、ワモンゴキブリのような熱帯原産の種類は、低温に弱く、日本の厳しい冬の低温には耐えられない。このため、暖房や熱源のない条件では越冬できないで絶滅をしてしまう。だから、かつての日本ではこれらの種はふえることができず、一部の地域を除き、大した害虫とはなり得なかった。最近ふえてきたのは、コンクリート造りのビルのように断熱、蓄熱性の高い建築物の中に、暖房が普及してきたため、冬でも生育できるようになったためである。 クロゴキブリは、前二種に比べると耐寒性が強く、戦前から南日本の暖地を中心に定着していた。休眠こそしないが、冬季には活動が抑制されて、主として卵と、中・老令幼虫で物かげに潜み越冬している。 上記三種に比べると、ヤマトゴキブリの越冬は独特で、休眠形態をとる。本種は、もともと日本在来種であり、日本の風土に最も良く適応している種である。すなわち、春夏秋冬というきわめて変化の激しい季節の移り変わりに、うまく、適応している。特に、低温の冬季には、休眠の形態をとってのり切っている。 樹上や、下水溝の中など、屋外に生息することも多い。野生的な性格が強い種だから、冬季も、積雪下の朽木の下などで平気で越冬している。台所周辺では、床下の食器をくるんだ新聞紙の間などに潜んでいる。一冬の間、全く成長が停止したまま、越冬しているのである。 ところで、このような休眠はどのような仕組みでおこるのであろうか。冬の休眠、つまり冬眠は、日本の場合大ざっぱにいって10月から4月までの6か月間にも及ぶ。この間、餌も水もとらず生きていかねばならず、また耐寒性も高めなくてはならない。つまり、冬仕度の準備がいるのである。寒くなって急に準備しようとしても手遅れである。このため、まだ暖かい夏の頃から準備を始めねばならない。自然の摂理はきわめて絶妙で合理的である。まだ暖かくても、一日の日の長さ、つまり日長時間の変化が冬の近づくのを知らせてくれる。 たとえば、横浜での日長時間は、最も長い夏至の時(6月22日)で14時間33分、最も短い冬至の頃(12月22日)で9時間46分である。夏の頃は、もうすでに一日いちにちと日は短くなっている。この短日が冬の近づきを知らせ、冬眠の準備に指示をだしているに違いない。 そこで次のような実験が行われた(小宮山ら、1980、1981、1982)。温度を一定にして、飼育環境の日長時間を変えて幼虫の発育の状況を比較した。 その結果は、16時間照明─8時間暗黒の状態(長日)では、正常に幼虫の発育脱皮がみられ、ふ化160日後頃から羽化が始まった。ところが、8時間照明─16時間暗黒の短日条件では、2令への脱皮は正常であったが、その後の発育脱皮は極度に遅延し、500日後でも全く羽化は見られなかった。明らかに、長日では順調であり、短日では発育は抑制される。この中間の日長時間を調べてみたところ、14時間照明では順調であったが、12時間ではかなり抑制がみられた。 この日長時間は、単に休眠支配要因として働いているばかりでなく、ヤマトゴキブリの国内分布の規制要因としても重要な役割を果たしているように考えられる。ヤマトゴキブリはどうして中、四国、九州へ分布を拡げないのか、この謎をとくカギであるに違いない。
家住性ゴキブリ卵鞘の種の検索表 1−a卵鞘には明瞭な節がみられる…………………………………………………………2 b卵鞘には明瞭な節がみられない。……………………………………………………3 2−a卵鞘には18節前後の節がみられる。長さは幅の2倍以上。 ………………………………………………………………………………チャバネゴキブリ b卵鞘の節は8節前後。長さは幅の2倍以下。 ………………………………………………………………………………チャオビゴキブリ 3−a龍骨部の下に8〜9箇の突起部がある。 ……………………………………………………………ヤマトゴキブリ、ワモンゴキブリ b龍骨部の下に12〜13箇の突起部がある。 ……………………………………クロゴキブリ、トビイロゴキブリ、コワモンゴキブリ
防除 我国において駆除対象となる主要ゴキブリ種はチャバネゴキブリ、クロゴキブリ、ワモンゴキブリ、トビイロゴキブリ、ヤマトゴキブリの5種と考えられる。これらは地域的な生息域の相違もあるが、都市部のビルディング、地下街の食堂等においてはチャバネゴキブリ、ワモンゴキブリ、トビイロゴキブリが多く、特にチャバネゴキブリの占める割り合いが大きい。これらゴキブリは体型が扁平であるために小さな隙間にも容易に侵入し、かつ雑食性であるためゴキブリに適した環境、温度の条件があれば容易に繁殖し得る可能性がある。従って空洞都市化がすすむにつれ、ゴキブリの生息域が拡大し、更に建造物等の構造が複雑化するにつれ、ゴキブリの駆除が一層難しくなってきたように思われる。 ゴキブリ用薬剤には、エアゾール剤、粉剤、燻煙剤、油剤、乳剤、毒餌剤など多様な製剤があるが、その有効成分はビレスロイド剤、及び有機りん剤が大部分である。 ピレスロイド剤は有機りん剤、カーバメイト剤など他剤に比べ、ゴキブリを棲み場所より追い出すフラッシングアウト効果をもち、棲み場所を明らかにすることばかりか、駆除効果を増強させることが出来る。又、燻煙剤などの特殊製剤化も、その物理化学的特性から容易となり、安全性も比較的高いことから燻煙剤、ULV製剤として汎用されるようになった。又、ゴキブリ用ピレスロイド剤としてペルメトリン、フェノトリンがその致死活性の強さから選択されている。 一方、従来のゴキブリ駆除方法として採用されている残留塗布方式がある。この方式はゴキブリが棲み場所より水及び餌を取りに出てくる通り路に残留接触効果の優れた製剤を処理することにより駆除する方法であるが、その薬剤には有機りん剤、ピレスロイド剤及びカーバメイト剤が使われている。有機りん剤としてはフェニトロチオン、フェンチオン、ダイアジノン、クロロピリホスメチル等が、ピレスロイド剤とした製剤を処理することにより駆除する方法であるが、その薬剤には有機リン剤、ピレスロイド剤及びカーバメイト剤が使われている。有機リン剤としてはフェニトロチオン、フェニチオン、ダイアジノン、クロロピリオースメチル等が、ピレスロイド剤とては上記ペルメトリンが、上市されている。カーバメイト剤としてはプロポクスルがある。有機りん剤であるジクロルボスは残効性が乏しいが、速効性が優れているので上記製剤との組み合わせにより用いられている。更により残効性の高い剤に対する要望から、有効成分の新たな探索や、残効性を高める新たな製剤型についても検討が進められている。 毒餌剤ではフェニトロチオン毒餌などがあるが、ほう酸による剤が最近見直しされるようになった。 前述した如く、ゴキブリの生態からみて容易に理解されるようにゴキブリ駆除には物理的防除を含め種々の方式を施用場面の情況を考慮しつつ各種の薬剤や施用方式の組み合わせ、応用力をつけた施工なくして十分な効果をあげ得ないと考える。又同一薬剤を同一駆除法にて長期間施工を行なうと、棲み場所の移動や、薬剤に対する感受性低下をうながすおそれがあるので充分注意する必要がある。施工場面での薬剤による食器、食べ物への汚染、壁、ジュータン等環境周囲への影響を考慮、安全性への配慮をも含めた施工を行なうよう注意が必要であることは言うまでもない。 編集委員会(文責:伊藤高明)
(原色ペストコントロール図説より)
ワモンゴキブリ
分類上の位置 ゴキブリ目、ゴキブリ科
学 名 Periplaneta americana ()
和 名
ワモンゴキブリ
英 名 American cockroach
形態
大型のゴキブリで、成虫の体長は28〜44mm。最大の特徴は、前胸背板背面の斑紋で、背板の周縁にそって淡黄色の輪のような紋がある。体全体はやや赤味がかった褐色である。翅は十分に長く、♂では腹部末端より先までのびている。♀ではちょうど腹部をおおうぐらいである。 胸背の斑紋によって、他の種類とは容易に識別できるが、似たような輪紋をもつコワモンゴキブリ、トビイロゴキブリとは、次の点で区別できる。本種には、コワモンゴキブリのような前翅前縁基部のすじ状の斑紋がない。また、尾毛の末端節は、ワモンゴキブリでは細長く、長さは幅のほぼ2倍であるのに対し、トビイロゴキブリでは短くて、2倍以下。また、雌の肛上板(上生殖板)の形状が、図2に示されるように特徴的で区別できる。 ワモンゴキブリの♂♀の違いは、腹部末端の外部生殖器に最もよくあらわれる。図3に示すように、♂には尾突起があるが、♀にはない。また、♀では下生殖板が大きく目立つ。 幼虫は、最初の5令までは、体全体淡褐色で、顕著な斑紋はない。しかし、6令幼虫においては、前胸背板の正中線の両側に淡色のスポットが現われる。翅芽は、3〜4令幼虫の頃からでき始める。若令幼虫においては、尾突起は♂♀ともに、第9腹板にみられるが、終令では♀には見られなくなる。 卵鞘は、長さ約8mm、幅約5mm。龍骨部には、約18の刻みがある。また、その下方の突起部は、ややだ円形で、8箇を数える。
分布 ワモンゴキブリは、アフリカを原産地とする熱帯種である。アメリカなどと学名についているが、実際の分布とは全く関係がない。チャバネゴキブリにドイツとついているように、このアメリカ野郎とか、この嫌な虫はドイツから来たに違いないとかいった意味がその由来らしい。 ワモンゴキブリは、貿易の拡がりとともに全世界に分布し、熱帯、亜熱帯地方では、最も代表的な害虫ゴキブリである。アメリカの南部ではごく普通の種となり、今や北部にも拡がっていて、ニューヨークでも定着している。イギリスでも局部的ではあるが定着して害虫となっている。 日本でも、本種は南部に多い。沖縄では、コワモンゴキブリとならんで最も重要な種類である。九州では、長崎県のかつての炭坑の島、軍艦島に定着していて、炭住から坑内にいたるまで本種が繁殖していて有名であった。南九州でも局在的に民家に分布していた。本種が分布を全国的に拡げたのは戦後のことであろう。最初は、白浜とか熱海とか温泉地に分布が記録された。おそらく、温泉による高温環境が好ましいものであったろう。その後は、都市域に拡がり、まだ局在的ではあるが、北海道まで分布が記録されるようになった。 本種は主として家住性であるが、熱帯地域では、屋外でもかなり行動しているようである。アメリカでは、特に公共下水道内、下水処理場での繁殖に困っている。わが国でもこの傾向がみられ、本種は地下域を好む傾向があるもののようである。
生態 ワモンゴキブリは、卵鞘を、湿った物陰に産みつける。砂とか、米などの時には、穴を掘って埋めたり、木材の表面だと唾液ではりつけたりする。卵鞘は十分な水分をもっていて、耐乾性が強い。 卵鞘中の卵数については、報告者によってかなりのばらつきがあるが、卵巣は片方に8本の卵巣小管をもっていることから考えると、16箇が標準であろう。しかし、すべてが順調な発育をしてふ化するとは限らないので、ふ化数は11から14までのはばがある。 交尾1週間後に、雌成虫は卵鞘を作り始める。生殖の最盛期には、1週に2卵鞘も作るという。雌成虫の一生の間の産卵鞘数は、これまでの報告では、10から84までのはばがある。下謝名(1975)の沖縄の常温での観察では、月平均5.6個、夏季は12.2個、冬は1.3個であったという。また、卵期間も季節により異なり、夏季で30日内外、冬になると80日あまりも要した。 幼虫の経過令数や発育期間についても、数多くの報告があり、数字はきわめて大きい変動を示している。飼育条件、特に温度要因がそれぞれ違うからであろう。経過令数は、6〜14のはばがある。幼虫期間については、134〜1,031日ものはばがある。そして、成虫の寿命は69〜1,693日までばらつきがある。以上の報告は、大部分が外国のものである。沖縄の常温での成績は表1の通りであった。7月4日にふ化したものだから、ほぼ夏の季節を経過したものである。9令までは1令あたりほぼ10日前後を経過したが、10令で28日という長時日を要した。再び11令では9日で、合計で11令129日を要した。
習性 アメリカでは、夏の間、路地や庭に出没し、モミジの木にいて樹液を吸っていたり、また、ヤシの木を住み家にしているという。屋内に生息する場所としては、レストラン、パン屋、肉工場、食料品店に多い。また、温室にあっては、果樹に加害をする。その他、洞くつ、坑内、便所、下水処理場、ごみ埋め立地に多い。 本種は、雑食性である。台湾での高橋(1924)の報告では、バナナ、魚、ピーナツ、米、油紙、ノリなどを食べたという。 本種は、通常、15.5〜31.7℃の温度条件の時に活動する。34℃以上になると非常に活溌となる。しかし、42℃では熱まひを起こすとか、死んでしまう。
(緒方一喜)
(原色ペストコントロール図説より)
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